教育の歴史「義務教育」その2
政府が国語の普及に力を入れようとしたのも、無理からぬこと。
また、農村部で行なわれている初等教育にしても、職業教師がいたわけではなく司祭の助手や教会の堂守が親たちの現物給付を頼りに兼職しているのが普通で、当然のごとく偏向の著しさとレベルの低さは免れない。
革命政府はこうした情況の打破に取りかかろうとしたわけだが、結局は何ら手つかずに終わってしまいます。
つづく第一帝政、ブルボン王朝の復活、七月王政、第二共和制、第二帝政、第三共和制という政治的混乱の陰で、無償・義務教育の導入、教員の資格などをめぐってカトリックと共和派は激しい対立を繰り広げるが、それに決着がつけられたのは1882年。同年に成立したフェリー法によって初等教育に無償・義務・世俗化の原則が導入され、今日の義務教育の原型ができあがりました。